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大阪高等裁判所 昭和52年(行コ)33号 判決 1978年9月27日

茨木市上中条一丁目九番二一号

控訴人

茨木税務署長 松本義信

右指定代理人検事

服部勝彦

同法務事務官

西田春夫

同主任国税訟務官

塩治正美

同総括主査

竹田二郎

同国税実査官

前田全朗

神戸市垂水区東垂水町字灘ベリ一六四五-一三

シーサイド・シャトー塩屋七〇一号

被控訴人

前田一郎

右訴訟代理人弁護士

持田穣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨。

二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

1  被控訴人主張の本件土地の買主を森正幸とする売買契約は、税務対策上買主を仮装した契約にすぎず、本件土地は被控訴人より直接梶川隆子に売渡されたものとみるべきである。

本件土地売買の経緯は次のとおりである。

(一) 被控訴人は、本件土地の売却を意図し、昭和四六年七月初めころ、義兄森本一夫と共に不動産仲介業三ッ輪土地株式会社の安部良三に対し、三・三平方メートル(坪)当り九万円、ただし、坪当り金二万円代金を圧縮の条件で売却の依頼をした。

(二) 安部は、株式会社カドヤ商会の小笠原佑二に買手を探してくれるよう依頼したところ、同人から梶川隆子が坪当り金九万円で買いたいといっているが圧縮の承諾が得られない旨の報告を受けたため、売主被控訴人、買主梶川、代金一、五四八万二、〇〇〇円と記載した真実の契約書を作成して、梶川から手付金の支払を受けるとともに、被控訴人希望の圧縮対策の工作として、大洋商会こと森正幸をクッションに入れ、圧縮契約と同様の効果を狙い、売主被控訴人、買主森、代金九八九万四、〇〇〇円とする税務対策用の別の契約書を作成した。

(三) ところが残代金決済日である同月一〇日になって買主梶川から圧縮に応じてもよい旨の意向が示されたため、売主被控訴人、買主梶川、代金一、〇四八万二、〇〇〇円と記載した圧縮契約書が作成された。

以上のような経過であって、たとえ被控訴人或いはその代理人森本が直接梶川と面談せず、売買契約書の作成に関与していなかったとしても、被控訴人は安部に売却を依頼し、その安部は、被控訴人のために本件土地を売却し、かつ被控訴人に買主が薬屋の梶川である旨を告げているのであり、その後被控訴人においてその売却の効力を争っていないのであるから、本件売買契約は被控訴人と梶川の間で成立したものというべきである。

2  被控訴人が本件土地を譲渡したことによって昭和四六年中に収入すべき金額は金一、五四八万二、〇〇〇円である。

被控訴人が安部から本件土地の売買代金は金一、三二九万二、〇〇〇円である旨虚偽の報告を受け、真実の代金一、五四八万二、〇〇〇円との差額金二一九万円について現実にその支払を受けていないとしても、所得税法上所得に算入される金額は当該年中において収入すべき金額をいい、右収入すべき金額とは収入すべき権利の内容が客観的に確定している場合の当該権利の内容たる金額をいうものと解せられるところ、安部において梶川から本件土地の代金一、五四八万二、〇〇〇円を受取っている以上、これが被控訴人の同年の所得であることは明らかである。

なお、その差額金を安部が不正に領得しているのであれば、被控訴人は安部に対しその引渡を求め得るのであるから(民法六四六条一項)、右の結論を左右するものではない。

(被控訴人の反論)

1  被控訴人は、本件土地の売買についてもともと買主が何人であるかについて関心がなく、主として代金及び圧縮条件についてのみ関心を持っていた。そこで、昭和四六年七月五日ころ、右条件を充す森正幸との間で売買契約を締結したものである。

被控訴人は本件土地売却について安部に代理権を与えたことはなく、同人は単なる仲介人に過ぎない。また、安部は、控訴人主張のような売主を被控訴人、買主を梶川とする代金一、五四八万二、〇〇〇円の売買契約書を作成したこともない。

2  控訴人主張の差額金二一九万円は仲介人らが受取った取引手数料を含む金額であって、仮に被控訴人と梶川間の売買契約の成立が認められるとしても、その代金額がいくらであるかは必ずしも明らかでない。従って、右差額が本件土地譲渡の対価の一部であり、「権利の内容が客観的に確定している」場合の権利の内容たる金額であるなどとはいえないものである。

三  証拠

1  被控訴人

(一)  甲第一号証の一、二、第二ないし第七号証、第八号証の一ないし四、第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一、一二号証の各一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし五を提出。

(二)  証人森正幸、同安部良三、同森本一夫の各証言及び控訴人の原審供述(第一、二回)を援用。

(三)  「乙第一号証の一のうち立会者の署名捺印部分は不知、その余の部分の成立は認める。第一号証の二のうち、控訴人関係部分の成立は否認、その余の部分の成立は不知。第三号証のうち照会書部分の成立を認め、回答書部分の成立は不知。第五号証のうち左側部分の成立を認め、右側部分の成立は不知。第一五号証のうちカドヤ商会作成部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。第二六、二七号証の成立は不知。第三三号証のうち森正幸作成部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立は認める(なお、第四号証の二、三、第二九、三〇号証の各一、二の原本の存在も認める)。」と陳述。

2  被控訴人

(一)  乙第一号証の一、二、第二、三号証、第四号証の一ないし三、第五ないし第九号証、第一〇、一一号証の各一、二、第一二、一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二三号証、第二四号証の一、二、第二五ないし第二八号証、第二九、三〇号証の各一、二、第三一ないし第三号証を提出。

(二)  証人森正幸及び同丸明義の各証言を援用。

(三)  「甲第四ないし第七号証、第九号証、第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一四号証の一ないし五の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。」と陳述。

理由

一  当事者間に争いがない事実及び被控訴人の本件土地売却に至る経緯についての当裁判所の事実認定は、原判決理由一、二項(ただし、原判決八枚目裏一一行目の「そして」以下を除く)記載のとおりであるから、これを引用する。

二  思うに、売買契約において売主又は買主が相手方を何人と認識するかは必ずしも契約の要素ではなく、抽象的に取引相手と考えている者相互の間に金銭を対価とし財産権を移転する合意がある場合でも売買契約の成立を妨げるものではない。これを本件についてみるに、被控訴人は梶川隆子の名を知らず、売主を被控訴人、買主を梶川隆子と記載した売買契約書の作成にも関与していないことが認められるが、だからといって被控訴人と梶川との間に売買が成立しなかったことになるものではない。むしろ、原審認定の事実関係のもとにおいては、森正幸はもっぱら税対策のため仲介人らの手により別の売買契約書に記入された名にすぎず、森正幸自身も所有権の主体となる意思はなく、売買は被控訴人と梶川との間に成立したもので、本件土地の所有権は実体上被控訴人より直接梶川に移転したものと判断するのが相当である。

しかしながら、売買の代金額については、梶川は金一、五四八万二、〇〇〇円なる金額を承諾したが、これは被控訴人側には伝わらず、梶川・被控訴人間の契約書は被控訴人側不知の間に作成され、ほかに当事者双方より別段の意思表示はなかったのであるから、被控訴人と梶川との間においては前記の金額を代金額とする合意は成立していないものというほかはない。しかし、被控訴人は本件土地を金一、三二九万二、〇〇〇円で確定的に取引相手方に売渡す意思を有し、この金額はもとより相手方梶川の意志に反するものではなく、抽象的には双方の合意の範囲内であるから、被控訴人はその当時金一、三二九万二、〇〇〇円の代金債権を取得したものというべきであり、現実にも右金額の支払を受けているのであるから、被控訴人についてその際同額の所得が生じたものと認めるのが相当である。

控訴人は、被控訴人の依頼した仲介業者である安部において梶川から金一、五四八万二、〇〇〇円を受取っている以上かりに被控訴人において現実に受領していないとしても同額の所得があったことになる旨主張する。しかし、安部は被控訴人の代理人でも被用者でもなく単なる仲介人にすぎず、自らのためにする意思をもって買主にも売主にも無断で差額金を取得したと認められるから、同人による金員の受領が被控訴人による受領になるものではなく、これより被控訴人に所得が生じたことになるものではないと解される。かりに安部に不動産仲介契約上の義務の不履行があり、被控訴人に損害賠償の権利が生ずることになるとしても、その権利は本件土地売買により被控訴人に生じた所得それ自体ではないといわねばならない。

そうだとすると、控訴人の右主張は失当である。

三  ところで、控訴人は原判決添付別表記載の被控訴人の入出金関係から本件土地の売買代金が金一、五四八万二、〇〇〇円であったことが推認できる旨主張するが、その主張の失当であることは原判決理由三項説示のとおりであるからこれを引用する。

四  被控訴人の本件土地売却の対価が金一、三二九万二、〇〇〇円である場合、その譲渡所得に課せられる税額の算出及び控訴人がなした課税処分についての違法性の判断は、原判決理由四項記載のとおりであるから、これを引用する。

五  そうすると、被控訴人の請求を認容した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 志水義文 裁判官 林泰民)

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